今ごろのパリ
2011年秋 吉田 進
外国に住んでいるため、どうしても日頃ご無沙汰しがちです。そこで僕の近況報告も兼ねて、パ
リの話題をお伝えしたいと思います。
☆《蛍の光》の歌詞に見る日本人の死生観
地震・津波・放射能汚染といった大惨事に対する日本人の態度が、極めて沈着であり人間の尊
厳を感じさせる、とフランス人は賞讃を惜しみませんでしたが、それが何に由来するかを理解し
ているフランス人は、殆ど居ません。言うまでもなく、彼我の自然観・死生観の違いによるもので、
これは永年の滞仏生活の様々な場面で、僕が経験して来たことでした。たとえば、《蛍の光》の歌
詞の違いを日仏で比べてみると、「別れ」というものに対する感性の差が明らかになります(《蛍の
光》を純日本製の歌だと思われている方も居るかも知れませんが、原曲《遠き昔》の旋律はスコッ
トランド古謡であり、原詩はロバート・バーンズがフリーメイソンの集会のために作ったものである
らしいことは、拙著『フリーメイソンと大音楽家たち』〔国書刊行会〕で述べました)。日本語版(作
詞者未詳)は「いつしか年も、すぎの戸を、明けてぞ けさは、別れゆく」と、決然としているとまで
は言えないにしても、別れに対する覚悟は感じられます。ところがフランス語の方は(《別れの歌》、
スヴァン神父作詞)、「望みなしに別れなければならないのだろうか?戻って来るという望みなし
に?いつか再会するという望みなしに?兄弟たちよ、これは一時の別れにしか過ぎないのだ」と、
敢えて言えば「往生際の悪い」心情が発露しています。彼らは別れというものを、受け入れられな
いのです。ましてや死という決定的な別れを、生と峻別した絶対的にネガティヴなものとして捉え
る、西洋の二元論の現われが、ここにはっきりと見て取れます。
☆《エクアーレ~黙禱~》、東京で初演
東日本大震災の被災者の方々に捧げた《エクアーレ~黙禱~》~3本のトロンボーンのための、
が去る6月3日、中渋谷教会にてコンテンポラリー・スライダー・ユニットの皆さんの演奏で、初演
されました(「祈りから光へ」チャリティー・マラソン・コンサート実行委員会主催)。お蔭様で折り良
く一時帰国中の僕は、誠に感動的な瞬間に立ち会うことが出来ました。初演の実現にご協力頂
いた方々、並びにご来場頂いた皆様に、厚くお礼申し上げます。
☆ヴァイオリン協奏曲《四季》試演
7月10日に、フランス中部のユゼルシュ村で開かれた「第4回夏期オーケストラ・アカデミー」の
ファイナル・コンサートで、ヴァイオリン協奏曲《四季》(フランス政府委嘱作)の試演が行なわれま
した。アカデミーに参加した生徒たちによる「試演」とは言え、コンセルヴァトワール級の学生たち
にプロの演奏家が加わった弦楽オーケストラが、拙作の献呈者アミ・フラメールのヴァイオリン独
奏を、見事に支えた演奏となりました(ジェローム・ドゥヴォー指揮)。各楽章は蕪村の俳句を素材
にしていますが、第1楽章「春の海終日のたりのたり哉」と、第2楽章「さみだれや大河を前に家
二軒」の、同じ水を主題にしながら、穏やかな自然と、畏怖すべき自然の異なる様相に、改めて
気が付かざるを得ません。フランス人から、「春の海を愛でるという習慣はフランスにはない」と指
摘され、僕は唖然としました。自然に対する態度が、彼我ではこれほど違うのです。
☆能オペラ《隅田川》をシンポジウムで紹介
9月1日から3日まで、ベルギーのルーヴァン大学で、「文献学と舞台芸術」と題するシンポジウム
が開かれ、フランスの気鋭の音楽学者パスカル・テリアン氏(パリ国立音楽院教授)が、「《隅田
川》~能からオペラへ」と題する研究発表を行ないました。このシンポジウムは、オペラを主とする
舞台芸術作品が、実際にどのようにして作られたかを問うもので、ヨーロッパとアメリカから、多く
の研究者が参加しました。18世紀オペラが中心のシンポジウムで、テリアン氏が拙作を「21世紀
の主要なオペラのひとつ」と位置付け、15世紀に観世元雅によって書かれた謡曲が、どのように
して現代オペラになったか、台本と音楽の創造過程を具体的に提示してくれたのは、身に余る
光栄です。
☆《祈り》が現代音楽祭「ミュージカ」で演奏
バグパイプ独奏のために作曲され、去る4月の初演以来、再演が続いている《祈り》が、9月25日
にヨーロッパ最大の現代音楽祭「ミュージカ」(仏ストラスブール市)で演奏されました。バグパイ
プという伝統楽器が、著名な現代音楽のコンサートに登場したのは、恐らく初めてでしょう。進取
の気性に富んだバグパイプ奏者、エルワン・ケラヴェックが、自己の楽器の新しい音楽表現を開
拓しようと、僕を含む8人の作曲家に委嘱したことが、注目を集めたのです。このようにして、音楽
史の新しいページは、確実に綴られて行きます。
☆新作《恋する女》作曲中
フランス国営放送局から、ソプラノと8人の奏者のための新作を委嘱されたのを機会に、以前か
らの夢であった、《恋する女~小野小町の和歌による~》に取り組んでいます。「古今集」に収め
られた小町の和歌を幾つか選び、順序を並び替えて、恋の誕生から終焉までを描きます。僕は
今まで俳句は度々題材にして来ましたが(芭蕉、一茶、蕪村、虚子)、和歌は能オペラ《隅田川》
に出て来る在原業平の、「名にし負はばいざ言問はん都鳥わが思ふ人はありやなしやと」を除け
ば初めてとなり、三十一文字の面白さに夢中になっています。絶世の美女・小野小町は、これま
でにも《あやめとされこうべ》、《卒都婆小町》で取り上げて来たものの、前者は髑髏、後者は百歳
の姥の姿でしたから、これでやっと美貌の彼女に逢うことが出来ました。本作は来年5月に、フラ
ンス国立管弦楽団のメンバーによって初演されることになっています。
☆朝日カルチャーセンター連続講座「フリーメイソンと大音楽家たち」
毎年暮になると日本の津々浦々で響き渡る、ベートーヴェン作曲の《交響曲第九番》。その終楽
章の「歓喜に寄す」の詩は、ゲーテと並ぶドイツの大詩人シラーが、フリーメイソンの集会のため
に書いたものでした。では、あの歌のどこがメイソン的なのでしょうか。一体、ベートーヴェンはフ
リーメイソンだったのでしょうか。実際に作品を調べながら、これまで知られることのなかった《第
九》に秘められた意味を、探ってみたいと思います。
第8回「《第九》とフリーメイソン」 2011年11月3日(木・祝) 13:30
問合せ・申込み 03-3344-1945
☆武藤記念講座「エディット・ピアフ物語」
シャンソンの女王、エディット・ピアフは、波瀾万丈の生涯を送った人でした。貧困、失明、未婚
の母、殺人嫌疑、麻薬、事故・・・。恋多き女性でもあり、モンタンやムスタキを、世に送り出しまし
た。そして私生活と切り離せない、名曲の数々。《愛の讃歌》・《バラ色の人生》・・・。音と映像を
ふんだんに用いて、ピアフの生涯を辿ります。
大阪:武藤記念ホール 2011年11月19日(土) 13:30
問合せ 06-6941-2433
☆放送大学特別講義放送予定
「ラ・マルセイエーズ物語~フランスの文化と歴史~」
・2月5日(日) 19:00 ・3月30日(金) 13:45
「シャンソンの女王~エディット・ピアフ物語~」
・12月31日(土) 12:00 ・3月7日(水) 19:00 ・3月31日(土) 13:45
FM : 77.1MHzまたは78.8MHz
(関東地方の一部)
BSデジタル放送:
531チャンネル(全国)
☆一時帰国中の講演予定
朝日カルチャーセンター(新宿):「《第九》とフリーメイソン」11月3日(木・祝)
名古屋音楽大学:「パリからの演歌熱愛書簡」11月4日(金)
武藤記念講座(大阪):「エディット・ピアフ物語」11月19日(土)
◆10月30日より11月27日まで、一時帰国しております。何卒よろしくお願い申し上げます。
日本に於ける連絡先 Tel. 080-5049-3313 E-Mail: susumusic@infoseek.jp
ホームページ http://www.creaters-index.com/composer/syoshida/5555/
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