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東日本大震災チャリティーコンサート

東日本大震災、被害者のためのチャリチィーコンサート(連続12回)

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サンフランシスコから

BS.OB 柳さんからの便り。

サンフランシスコから帰国  (娘の看病のため1月間滞在)

電車で1時間のシカモア教会を訪問。

霊南坂教会でスカウト担当をされていた 佐原牧師が赴任されています。
そこの幼稚園父兄による、震災チャリティーに参加。

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家でお寿司の太巻きをつくって販売していただきました。

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サンフランシスコでも募金活動が毎日のように 各所で行われていました。
ジャイアンツ球場、ジャパンタウン、街頭でもTシャツを販売していました。

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帰国時、成田が近くなり 高度を下げた機の窓から 海一杯に広がっている
津波災害の残骸を見ました。凄い光景でしたよ。

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パリからの便り

Photo 今ごろのパリ
2011年春           吉田 進

 外国に住んでいるため、どうしても日頃ご無沙汰しがちです。そこで僕の近況報告も兼ねて、
パリの話題をお伝えしたいと思います。

☆「仙台からの手紙」
 去る4月6日、シャンゼリゼ劇場にて世界中のアーティストの出演により、「ホープ・ジャパン」と
  題したチャリティーの夕べが開かれ、テレビで全国放送されました。この中で俳優のランベール・
 ウィルソンが、仙台に住むフランス人から3月17日に送信されたメールを読み上げ、僕は圧倒的
 な感銘を受けました。以下に拙訳で全文を紹介します。

 ここのところ仙台での生活は、どちらかと言えばシュールレアリスムのようですが、幸いにし私
 は、並外れて援助してくれる友人たちに支えられています。私のあばら家は破損し、今や全く文
 字通りのバラックになってしまったので、友人たちの所に身を寄せているのです。水、食料、そし
 て補助用の石油ストーブなど、私たちはすべてを分かち合っています。夜は皆ひとつ部屋で寝
 ますし、夕食は蠟燭を灯して、皆で語り合います。これはとっても美しいこと、心の温まることです。
 昼間は泥と家の残骸を、なんとか片づけようとします。給水が始まるや人々は列を作り、また別
 の人たちは車の中でGPSを使ってニュースを見ています。誰かの家で水道が復旧すると、その
 人は家の前に掲示を掲げて、他の人たちも利用出来るようにするのです。本当に吃驚するのは、
 ここには押し合いへし合いも、略奪もないことです。地震の時に勧められているように、人々は玄
 関の入口を大きく開け放しにしているにも拘わらず、です。あちこちで「あぁ、皆が助け合って生
 きていた、古き良き時代のようだ」という声が聞かれます。

  地震は続いています。昨夜は、15分ごとにありました。サイレンの音と、頭上のヘリコプターの
 爆音がひっきりなしです。昨夕は数時間、今日は半日、水道が使えるようになりました。今日の午
 後は少しだけ電気も来ましたが、ガスはまだです。回復は地域によるのです。ある人々は水は来
 ているが電気がなく、別の人たちはこの逆という風に。もう何日も、誰も体を洗っていません。皆 
 ひどく汚いのですが、それは大したことではないのです。

  私は、このなにか新しい感覚が好きです。誇張や余計なもの、本質的でないすべてのものの消
 失。全的に、直観的に、本能的に、熱烈に生きること。そして個人としてではなく、共同体全体と
 して生き延びること。
  異なる世界が、奇妙に隣り合っています。こちらには破壊された数々の住居が、でもあちらには
 無事だった家が一軒、布団と洗濯物を日に干している。向こうでは相変わらず、人々が水と食糧
 の確保のため延々と列を作っているかと思うと、他の人々は犬を散歩に連れ出している。

 それと、いくつかの大いなる美の顕れ。まずは夜、静かで、車の音もせず、誰も通りに居ません。
 それから、星々が煌く大空。普段私には、一つか二つしか見えなかったのに。仙台の周囲の 
 山々は、夜の冷気の中で、影絵の如く浮かび上がって素晴らしい。
 日本人たちもまた、素晴らしいのです。暫しの電気の復旧を利用して今あなた方にこのメール
 を送っているように、私は毎日、自分の家に戻って来ます。すると毎日、新しい食糧と水とが戸口
 に置いてあるのです。誰が置いたのでしょう?私には、全く思い当たりません。緑の帽子を被っ
 た老人たちが、家から家へと、各人の様子を確認するために訪れます。あなたは何か助けを必
 要としていないかと、誰もが尋ねます。

  どこにも私は、恐れのしるしを見出しません。諦めはあるが、恐れもパニックも、ないのです。し
 かしながら余震はもとより、数ヶ月以内の新たな大地震さえもが予告されているのです。
  実際、地面は震え、揺れ、唸っています。私は幸運にも仙台の高台に住んでいて多少は耐久性があり、
 比較的に損害を免れました。昨夜は、またひとつ人の情けを受けました。女友達のご主人が、田
 舎から食糧と水とを私に届けてくれたのです。
 私はこの経験を通して、世界のあらゆる場所で今、宇宙的規模の一歩が踏み出されようとして
 いることを、理解しました。私の心は、次第に開かれて行きます。兄弟からは、起こった未曾有の
 出来事の前で、自分が小さいとか取るに足らないとか感じないか、と尋ねて来ました。ところが、
 違うのです。その逆に私は、私が自分より遥に大きい何かの一部を成している、と感じるのです。
 この世界の再生は、困難であるにも拘らず、素晴らしいことなのです。

 あなた方の支えと友情に、感謝します。私の友情を、どうかお返しにお受け下さい。(無署名)」

☆エクスのファイナル・コンサート無事終了
 2009年から、南仏エクス=アン=プロヴァンス音楽院のコンポーザー・イン・レジデンスを務めて
 いましたが、そのフィナーレを飾る個展コンサートが、昨年の暮れに行なわれました。同音楽院
 委嘱作で今回が初演の《木霊Ⅳ》、《鳥神楽》、《私の・好きな・もの》を始め、1977年以来の拙作
 11曲が、音楽院の教授と生徒たちによって演奏されました。レジデンスの制度が優れているの
 は、作曲家が度々その土地へ旅行し、同じ演奏家と練習を重ねるため、作品への理解が深まる
 ことです。まだ10代半ばの若者が、僕が楽譜に指定した沈黙の時間を、自ずから眼を瞑って体
 現しているのを見ると、僕は感慨を覚えずにはいられません。30年前のコンセルヴァトワールの
 作曲科のクラスでは、こうした僕の「沈黙」を理解してくれる西洋人は、メシアン先生以外は誰もい
 ませんでした。これが時代の移り変わり、というものでしょうか。

☆新作《祈り》、グルノーブルの音楽祭で初演
 昨夏に作曲した《祈り》~バグパイプのための、がグルノーブル市の音楽祭で去る4月10日に初
 演されました。この作品は、昨年一時帰国した折に接した「御神楽」の太古の祈りから受けた感
 動をもとに書かれたものです。バグパイプ奏者のエルワン・ケラヴェックが演奏に先立ち、この初
 演を東日本大震災の犠牲者に捧げることを聴衆に告げ、入魂の演奏となりました。会場は16世
 紀のバロック様式の教会でしたが、まるで大オルガンのように響いたのが印象的でした。本作は
 5月にマルセイユ市とリール市、6月には再びマルセイユ市、8月にはプレデリアック市で再演さ
 れた後、9月にはヨーロッパ最大の現代音楽祭「ミュージカ」(ストラスブール市)で披露されること
 になっています。

☆洗足学園音楽大学客員教授に就任
 今年度より、洗足学園音楽大学(前田壽一理事長)の客員教授となりました。作曲及び現代音楽
 に関する専門講義のほか、すべての学生を対象とした『吉田進のクロスオーヴァー音楽塾』(全8
 回)を開講します。ここでは《君が代》から《第九》まで、演歌からメシアンまでを語ります。従来の
 クラシックの枠組みを超えた、新しい音楽教育を目指したいと思います。

☆朝日カルチャーセンター連続講座「フリーメイソンと大音楽家たち」
 フリーメイソンの音楽家として最も有名なのはモーツァルトですが、実はハイドンもれっきとしたフ
 リーメイソンでした。し かも恐らく、ハイドンはモーツァ ルトの影響下に、メイソンとなったのです。
 今回はハイドンの傑作の中にフリーメイソン思想が表われているばかりでなく、「メイソン兄弟」
 モーツァ ルトとお互いの作品の中で、秘密裡に挨拶を交わしている事実を実証いたします。          
     第7回「メイソンだったハイドン」 2011年6月14日(火) 11:00
     問合せ・申込み 03-3344-1945

☆放送大学特別講義2本並行して放送
 新作「シャンソンの女王~エディット・ピアフ物語」と、好評につき再放送が続いている
「ラ・マルセイエーズ物語」の2本が、並行して放送されるこ とになりました。
     「シャンソンの女王~エディット・ピアフ物語」   「ラ・マルセイエーズ物語」
     4月24日(日) 20:00~20:45
     5月1日(日)   13:00~13:45 
     8月16日(火) 9:00~9:45
     FM : 77.1MHzまたは78.8MHz
     CS(スカイパー !): 500Ch

◆6月1日より30日まで、一時帰国いたします。何卒よろしくお願い申し上げます。
 日本に於ける連絡先 Tel. 080-5049-3313    E-Mail:
susumusic@infoseek.jp 

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東北地方太平洋沖地震

東北地方太平洋沖地震

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OB達は、各自で活動を始めています。
地震発生数日で、
ガソリン、飲料用ポリタンク、食パンを発送。当日現地に届く。
被災地社会福祉協議会と連絡開始。
保存食、薬品、生活用品を発送。

OB倉持
紙オムツ、トイレットペーパーを緊急発送。翌日、老人福祉施設に届く。

OB渡辺 誠
被災者避難住宅提供の申し出。

OB戸田
地域に呼びかけ
無料でクリーニングし防寒具、毛布等を被災地に届ける活動。

OG木村恵子 
メール呼びかけで日本赤十字社社長夫人の近衛やすこさん 被災者避難住宅提供の申し出。

教会員等に呼び掛け、日本基督教団東北教区の支援センターに毎週変わる今週の必要品(肌着、生理用品文具等)を集めて送る活動
 
OG西郷
GSOB甥の娘さんアムステルダムで義援活動開始。
募金してくれた人にメッセージの書かれた缶バッチ(手作り)をつけてもらう
GANNBARE JAPAN!         http://ganbarejapan.tumblr.com/
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海外
フランス、上海、アムステルダム、ニューヨーク、フィンランド、海外の仲間から、
状況確認、お見舞いのメールが多数入っております。

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